看護師の仕事は忙しい、というのは病院を普通に訪れていても何となく察しがつきます。しかし蓋を開けると、それは患者として傍目から見たよりもずっと過酷でハードな世界です。
ある人は、自分が健康を損ねたことがきっかけで、健康の大切さを教えてくれた看護師を尊敬して看護師を目指しました。すでに社会人になっていたので遅いスタートにはなりますが、その分社会というものやPCの使い方や電話応対などは身に付けている分、多少の忙しさに対応できるだろうと思っていました。実際念願の看護師になってみると、その異常なまでの忙しさに参ってしまったのです。会社などでの忙しさと違い、人命を預かるというプレッシャーの中での先輩看護師の厳しい指導、残業や夜勤が続くという負荷がありました。自宅には仮眠に帰るようなものだと思った時、それまで一緒にランチなどしておしゃべりしていた友人とも話をしていなく、孤独を感じています。次第にナースコールの幻聴や、眠れなかったり、眠れてもうなされるような夢をみたりと、追い詰められていたようになっていました。解決の糸口は何と、そんな忙しさの中で患者さんやそのご家族から感謝され喜ばれ励まされたことでした。そこに以前の自分を見たとき、もう一度頑張ろうと思えたのです。ただ、看護師になって切実に感じたことは、絶対にミスが許されない職種なはずなのに、ミスが起きてもおかしくない忙しさの中、ただ仕事をこなすだけになってしまい、綱渡りのような勤務状態だということです。異常な忙しさの原因は、看護師の不足からくるのではといいます。
もう1つのケースは、何もかもを盛り込む忙しさの果ての最悪の結末です。看護師として、三交代勤務の不規則と、病棟での何十時間もの残業、さらに重症患者の担当が多い職場に私の友人はいました。これだけでも大変だとは思うのですが、この友人看護師は休日にはボランティアを少ししたりしていました。この時に会った彼女は、笑顔が素敵ではありましたが、時折乾いた顔色をして非常に疲れたようでした。後で知ったことでしたが夜勤明けだったそうです。無理をしないようにと忠告はしましたが、彼女は誰からも好かれ、誰からも頼られるしっかりした人だったので、周囲が離しませんでした。
病院では、更に忙しい案件が持ち上がっていました。病院がISOを取るためのプロジェクトを立ち上げたのです。更にもう一件、病院を増設して病棟を増やし、最新の施設を入れるというプロジェクトでした。誰もが自分の現在の勤務で精一杯で、ISOを取得するための膨大な資料や書類作成などに携わろうとはしませんでした。ましてや病棟の増設や最新の施設のために割く時間など「ただでさえ忙しいのに冗談ではない」といったところです。友人は周囲が避けて通った道を嫌な顔一つせずに受けました。そして通常の業務も、新しいプロジェクトも、誠実に対処しています。夜勤明けにはボランティアにも立ち寄り、みんなのためにピアノを弾いてくれました。そんな時の友人は、とてもそんな忙しい仕事を背負っているとは思えないような、安らかな笑顔でした。
彼女が関わった病院のISOは無事に取得され、工事していた病棟が次年度に幕を開けるというとき、夜勤に入ろうとした友人はロッカーの冷たい床で倒れました。脳幹出血で、再び会話をすることはできず亡くなってしまいました。今私は、患者として時折その病院を訪れます。彼女が看護師長として入るはずだったその病院へ。
仕事はできる人のところへやってきます。しかし尋常ではない忙しさであったり無理がある場合には手をあげることも必要なのです。